続けたくなるエステサロン
しかし私の知るかぎり、親(または配の介護にベストをつくしている人の多くは何とかやりくりして自分の身体脳と感情脳を刺激する偶者)時間をひねり出している。
もちろん以前よりは運動に割く時間もコミュニティ活動に割く時間も減る。
しかしゼロにはならないし、するべきではない。
ゼロにしたら、あなた自身が「介護倒れ」してしまうからだ。
そうなったら、介護されていた側もおおいに困る。
あなたが身体的にも感情的にも元気で楽観的であってこそ、介護される側も元気になる。
飛行機に乗ると、客室乗務員が説明してくれるではないか。
もしも(非常事態で)酸素マスクが降りできたら、まず自分が酸素マスクを着用し、それからお子さんに。
それと同じだ。
私の父方の祖父は一九八五年に死んだ。
私が医学部を出た年だ。
ずっとアルツハイマー病を患っていて、祖母は一日中家で介護していた。
最後の数年間、祖父は祖母を見分けることさえできなかった。
それでも祖母は介護を続けた。
祖父が死んだ時には、結婚してから五七年たっていた。
祖母は八O歳で、長年の介護で疲れきっていたはずだ。
広い家に一人残され、肺気腫と孤独と闘いながら衰えていくのではないか。
私はそう心配したものだ。
しかし、祖母は負けなかった。
結婚以来ずっと住んでいた大きな家を売り、近くの小さな平屋の家に引越し、人生をやり直すことにしたのだ。
一年半後、姉が様子を見に行くと、祖母は床で腹筋運動をしていた。
「おばあちゃん、いったい何をやっているの?」。
姉は尋ねた。
「あのね」祖母は顔を輝かせて言った。
「男の人と知り合ったの。
だから、このおなかを何とかしなくちゃ」六か月後、八二歳で祖母は自分より数か月年下の男と結婚した。
五年後に八七歳で結腸がんで死んだが、八二歳からの五年間も幸せだったはずだ。
高齢で再婚できた祖母は運がよかったのだろうか?いや、自らの努力で運をつかんだと言うべきだろう。
祖母は家に閉じこもらず、コミュニティで積極的に人と付き合い、そして再婚相手を見つけた。
八O歳で夫を失っても、もう一度人生の現役に戻る意欲を失っていなかった。
私たちもそうありたい。
けつこう早い時期に、私は弁護士の仕事から引退した。
それなりに納得できる理由があってのことだ。
けれども、引退したとたんに断崖から足を踏み外したような気持ちになった。
孤独で、寂しく、ものすごく後ろめたかった。
言っておくが、スキーに夢中だった。
そのころは幸せな結婚生活を送っていたし、現役時代から夢見ていた生活だった。
引退したら本を書こうと思っていた。
そのための資金も稼いであった。
だから引退したのに、どうして後ろめたく思ったのだろう。
ハリーの考察をふまえて振り返ってみると、昔からの仲間がいなかったことが問題なのだと思い当たる。
それに自分の役割を果たしていないという気持ちがあった。
そんなふうに思うのはばかげている、長い休憩時間に入ったのだ、大事にしなければと今は思う。
けれども、仲間のなかで自分の役割を果たしたいという衝動はとても根深く、つとめて「気持ちをしっかり」させても、どうにもならないこともある。
今でも、とても素晴らしい新しい生活のまっただなかにいても、職場の仲間たちとともに仕事をするときの緊張感みんなで狩りをするときの緊張感といってもいいが、それを懐かしく思う。
颯爽と歩いて裁判所へ向かい、一日中相手側に犬のように吠えたて、足早に事務所に戻り、尾を振ったり傷をなめたり。
夜中までともに働く。
あの高揚感はどこにいった?言わせてもらえば、そんなものはない。
私は毎日それを懐かしむ。
振り返るだけではすまなくて、毎日毎日懐かしんでいる。
なによりも懐かしいのは、関わりと参加だ。
私は書いたり、スキーをしたり、さまざまな計画を立てたりした。
けれども本当の高揚感が戻ってきたのはハリーとこの本を書き始めてからだ。
それはある意味で昔の生活に似ていた。
私たちは夢中になって取り組み、仲間意識を高め、編集者やエージェントや出版社の関心と支持を得たみんな昔の同僚や依頼人のようなものだ。
おわかりのように、なによりもハリーと私はのめり込んでいた。
打ち込むだけで満ち足りていた。
だが、二つのことに気づいて、私は満足している場合じゃないと思った。
ひとつ、多くの人々が長いあいだ、引退してから始めるのによい計画を見つけようとしている。
二つ、さらに重要なことに、私の例は私が考えたほど特別なモデルではない。
結局のところ、私が本当にしたのは、計画を考え出して、一緒に行う優れた人を探すことだけだ。
れから私たちは夢中になって一緒に取り組んだ。
たぶん民宿とか地域の図書館とか、ホットドッグの売屈とかをやるのでもよかったのだ。
なんであれ、人と一緒に何かをすれば大脳辺縁系が刺激され、人ときずなの「心の紳」を感じられる。
パートナーを見つけて本を書くのもいい。
町に新しい図書館をつくるのもいいし、海岸でホットドッグの売店を始めるのもいいじゃないか。
自分の初期の引退生活でよくなかった点を振り返れば、引退を新しい生活というよりも有給休暇とか長期休暇のように捉えていたことだろう。
二O年あるいは三O年と続く「人生の第三ステージ」だとはつまり、仕事に戻ったのだ。
私たちは昔からのニューヨークの友人たちなどが懐かしかったのだが、要するに仕事に戻っただけ考えていなかった。
結局、妻と私はロッキー山脈からニューヨークへ戻った。
それでも私たちは精を出して遊び、たくさんの休暇をとっている。
それについては、これっぽその権利は勝ちとっている。
それに遊びはいいことだ。
けれども私たちの新しい生活のなかで抗えないほどの魅力を持つのは、仕事なのだ。
最近しているのは弁っちも悪いとは思っていない。
私は老人で、護ではなく執筆だが、態度は同じだ。
私は今でも、引退や昔の仲間から離れることがとてもつらいと強く感じている。
けれども、おのずとわかってきた真実もある。
現役時代を仕事ひとすじ(家事もしっかりこなしている女性にとっては「仕事ふたすじ」で過ごすのはよくない、いざ仕事をやめてみればわかるが、仕事以かも)ということだ。
外の趣味ゃいろいろなグループとの関わり合い、気にかけるものがなく、気にかけてくれる人々もいないのはつらい。
この国でうまくやっていくつもりなら、仕事に大いに打ち込まなければならない。
ただし、仕事を唯一の生きがいにすべきではない。
仕事と子育てがすべてではいけない。
もうひとつ言うことがある。
とうとう引退して、せいいっぱい努力したのに少しぎくしゃくするとしても、自分に厳しくしすぎないことだ。
五O歳のあなたに押し寄せてくる生物学的な潮があるのと同じくらい確実に、ほとんど同時にあなたに押し寄せる奇妙な社会的な潮がある。
ばかげているのだが。
だから、どんなに小さな成功も誇りに思っていい。
努力することの真面目な喜びも含めて。
むしろ、この人生の終わりごろに、型どおりの「成功」など忘れてしまおう。
秘訣は、とにかく誰かと一緒に、何かをやってみることにある。
結果は気にしない。
一緒にいて楽しい人々と共に価値のある計画に関わるだけで素晴らしい。
それで金や名声が得られたら万々歳だ。
抱き締めよう、お互いにこの章はこんなふうに始めるつもりではなかった。
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